清水窪小学校の一年生の思い出

歩いて3分くらいのところにある清水窪小学校に入学しました。清水の湧き出る窪地(清水窪弁天)から洗足池に流れてます
川だから谷の底を流れてるようになってて中腹に小学校がありました。柏の木があってシンボルになってました。
少人数の学校でした。今も各学年1クラスくらいでしょう。私の時は戦後のベビーブームで4クラスありました
校舎は木造で坂の途中にあるため講堂(体育館)と園芸畑は上のほうにありました。園芸畑好きでした。

一年生のころ
給食が嫌いでした。母の手製のレース編みの給食袋はすごくステキでしたけど。給食そのものは美味しくはなかった。ミルク(脱脂粉乳)が生ぬるく、だめでした。給食の道具は持参するきまりでしたから小さいカップを持っていってました。。
ミルク嫌いなみえちゃんの記事)
献立はコッペパン、おでん、チョコマーガリン、ミルク なんかで食育とは程遠いものでした。今は良くなってるようです
でも好きだった献立もあります。やきそば。澄まし汁。ホウレンソウのお浸し等、友達の多くは揚げパンが好みたい
絵が好きでよく褒められました、近所の植田あきおくんといい勝負でした
転んで腕をはずしてしまい大岡山南口の工大のそばの中嶋外科におんぶされて先生が足を脇につっこんで手をぎゅうぎゅう引っ張られて外しを戻し、黒い膏薬をべったりぬられました

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