自分史 誕生のころ

1948年(昭和23年)3月8日大岡山で生まれました。一家はそれまで三田の慶応大学のそばに住んでいたようです。
家族は父・母・兄4人(1人直上の兄の哲郎はうまれてすぐになくなり、母は哲郎のことを悲しんでいました)
その後に生まれたたった一人のおんなの子で父や兄たちは珍しく産湯のたらいの縁にぼーず頭を並べて「お ん な の こ」と見入ってたとか聞いてます。

母一家はリヤカーにものを積んで大岡山の現在のうちへ引っ越しました。戦火厳しい折引っ越しも大変だったでしょうね
行きかう人が不要な立派な大きい黒地の花瓶をくれたそうです。そのころの母の手紙があります。
まつよさんの手紙
手紙はクリックで大きくなります
よく読むと気概が伝わってきて明るい気持ちになれます。父と母が仲良かったように思えてうれしい。

次は私の一歳の誕生日です。うしろで誰かがささえてるみたい
このうちは近所の中西邸です。おおきな家でしたけど今はもうありません
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若竹幼稚園に途中入園

お兄さんたちは幼稚園には行きませんでした。私はおんなのこだから特別で若竹幼稚園に1年間だけ通いました。
幼稚園の思い出はお弁当をあたためてくれるので昼頃になるといい匂いがしてたこと。部屋の中が薄いエメラルドグリーンのペンキで塗ってあってきれいだったこと。小さな築山があって登ることが楽しかったこと(今通るとすごく小さいのです)藤棚の下のお弁当が楽しかったこと、チーズをみたのもこのときが初めてです。だけど幼稚園より近所のたかちゃんやさちこちゃんと遊ぶ方が楽しかった。幼稚園に石井漠さんの妹がバレーを教えにきていて習ってました。発表会に着る白いサテンのドレスがうれしかった。だんだんのスカートにスパンコールがきらきらしてて・・においも格別よかったね
服ってにおいの特徴がありますよね。ジーンズはあの匂い、首元のリボンでしばる、えんじの手編みカーディガンはあのにおい(前の家の垣根にひっかけて失くしちゃって怒られたっけ)

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石井小浪 先生

石井小浪(こなみ) 先生に若竹幼稚園のころバレーを習っていました
こなみ先生は石井獏先生の妹です。自由が丘に練習場がありましたけど

石井こなみ先生については↓を参照
http://www.norikosato-ballet.com/about/teacher/

有名なこなみ先生は出張で若竹幼稚園に教えに来てました。バレーというよりお遊戯みたいなダンスでした
私の通っていた若竹幼稚園は大岡山のはずれにあり、大田区でしたが世田谷区と目黒区に先っちょを挟まれたような場所でした

ちなみに石井漠先生の自宅は洗足にあり練習場がありました。

印象に強いのがチュチュです
白い絹のサテンでモアレが木目っぽいきれいな生地に大きめのスパンコールのはってある だんだんスカートの衣装が箱から出てきたの時のうれしさは格別でした。いいにおいがさーっとして心がざわめく感じ

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夏の夕暮れに麦わら帽子をかぶって買い物へいくところかな弟をおんぶしてる母は若いです。
買物を夕食後行くのは時間のない母の楽しみにみえました。私も電灯の光を照明代わりにして
踊りながらついていくのが楽しかった。母は笑ってましたっけ。母の笑顔はうれしいもの。母の涙は子供にはつらいものです。

文化的な地域だったのかな。木馬座もそばにありました、藤城さんにもお目にかかったことがあります
小学校に訪問してくださって人形劇や影絵を講堂で見たことは私の感性に大いに影響をあたえてもらえました
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お琴を習う

小学校に入る前くらいからお琴を習い始めました。坂の下(清水窪は谷状態)の加藤やすこちゃんと一緒でした。
初めは先生が自宅に来てくださって調弦し練習してました。
小学校に入ったら祐天寺の先生のお宅まで習いに行ってました。自由が丘で乗り換えて祐天寺で降りる。
バスなら五本木で降りて守屋図書館を過ぎて行きました
山田流の神谷いとし先生のうちは和風でした。練習のお部屋と待つお部屋はきれいでしたが生活はひと部屋のようで、もうひと部屋は間貸ししてたみたい。お琴の先生と尺八の先生だと大変だったのかもしれないです。楽譜は絃に数字があってその数字が縦にかいてあるものです。帰宅時にはチョコバーをくださいました。あの時代のチョコバーは高価なものだったので、私たちはそれが目的だったかも・・祐天寺へ行く電車窓からの眺めは壁だけ残ってる教会らしき建物など終戦の跡がうかがえるものがあり興味をそそりました

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午後3時の洋画劇場

TVを買ったのは私が小学校低学年のころでした。それまでは近所のアキオちゃんちで庭から茶の間のTVを近所の仲間で遊びついでに見てました。鉄腕アトムのアニメの前身みたいなものでアトムが絵に描いてありそれを下から人が持って左方向へ進ませ、くるっと回わして右方向へ進ませる紙芝居みたいなしろものでした。くるっと回す時にばれてしまいます
または線路向こうのお米屋さんちまで行って見せてもらってました。が、ついにTVを買ったのです。金五郎や水の江滝子の「ジェスチャー」なんか見てました。
ものすごく印象に残ってる番組が
月曜から金曜の午後3時から同じ映画を放送した「テレビ名画座」です。五日間同じ番組なのでTV慣れしてない私は「今日は昨日だったのか」とすごく不思議感を持ちました。1930年代から1950年代のフランス映画の名作が多かったです。
中でも「オルフェ」の印象が強かったです。後年ブラジルを舞台にした作品の「黒いオルフェ」でなくジャンマレー主演の「オルフェ」です。内容は覚えてませんけど。主人公が違う世界(黄泉の世界)へ行くときに鏡をすり抜ける時を水の中を通るように表現したイメージが強く残ってます。手を差し出して鏡の中に入ると、そこは知ってるような知らないような世界で切り出した岩と砂のよそよそしい世界(フランス映画らしいシーンで茫漠としてて怖くてきれいでした)。そあれは何の映画だったかを知りたい知りたいと思いネットで調べたら「オルフェ」に行きついたのです。ネットはこういう調べものに強力です。しかし本当に「オルフェ」が私の知りたい映画だったのかまだ確信が持てません。こんな灰汁の強い男だったっけ??ジェラールフィリップみたいな優男が主人公だったような・・もうごちゃごちゃになってます。



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